教えて!文殊クン FAQ質問と答え

皆さんからよくご質問いただく内容について解説いたします。

●FAQ 質問と答え

Q01:法師宗の教祖は誰ですか?

創設した人という意味において次の三人の祖がおり、「本宗の三祖師」と呼んでおります。
●本宗をはじめた開祖(齋藤両祖師)
  初代総裁:齋藤豊吉師(華徳法師)
  二代総裁:齋藤千代師
●本宗の宗旨からみた始祖
  無学大師(西田常不軽無学大師)

また、偉大なる無学大師の教えのすべてを継がれた方に、大師ただお一人の高弟、増子酉治師(法教正学恩師。通称正学恩師)がいらっしゃいます。齋藤両祖師は、正学恩師よりその法統の一切を受け継ぎ、名実ともに無学大師の正統後継者となりました。

本宗は仏教の一宗派ですから、その仏教の開祖は?といえばお釈迦さま(釈迦牟尼世尊)お一人になります。

Q02:創設の経緯を教えてください。

おおよそ次のような経緯となります。
法華経を篤く信仰していた初代総裁、故・齋藤豊吉と二代総裁、故・齋藤千代は、東京の戦火を逃れ、昭和19(1944)年4月8日午前8時、初代総裁の郷里である岩手県一関市に疎開。ここを法師道実践の地と定め、布教活動を開始しました。
同時に、「縁起の法門」を入り口に、涅槃寂静に至る法師道の前身である「供養道」の源泉を探し求め、ついに無学大師であることが判明。さらに大師随一の高弟、正学恩師がその教えの根本を護持されていることを突き止めるに至り、奇しくも無学大師三十三回忌にあたる昭和25(1950)年、大師亡きあと護り続けて来た本流としての『証』を、正学恩師より託されたのです。
明けて昭和26(1951)年1月、その『証』を基に、輪廻解脱に至る法師道の広宣流布者「法師」の育成を目的とした「法師会教団」を創立。ようやく1人目が門徒となったことを機縁としてその評判が徐々に広まり、両師に教えを請う人々が参集するようになりました。そして2年後の昭和28(1953)年2月、文部省管轄の包括宗教法人として認証に至りました。
以来、両師の志願から半世紀にわたり躍進を遂げてきましたが、更なる発展を願い、法師道を八徳目の実践体系にととのえ、それを契機として平成10(1998)年6月、文部省の認証を受けて包括宗教法人「法師宗」と改称し、現在に至っております。

広宣流布の志を抱いて一関の土を踏みしめた昭和19(1944)年4月8日を「立教開宗の日」と定めました。

Q03:法師宗の始祖・無学大師とはどういう方なのですか?

無学大師は、江戸末期から大正にかけての激動の時代を生き抜いた方であり、一言で言えば「在家主義の祖」です。
釈尊の初転法輪以来、多くの高僧や智者、各宗派の創設者をもってしても解くことのできなかった「妙法蓮華経菩薩法佛所護念」の「供養道(法師道の前身)」を、大師は初めて解き示されました。
これは「在家のままで悟りを得る修行法」とも言い換えることができ、本宗が在家主義をとる由来となっています。

大師晩年の大正7(1918)年には、社会の矛盾や道徳の退廃に満ちる国家の現状を憂い、告白書を政府当局、各府県知事、貴族・衆議両院の政府要人に献呈。『救国』のためには「全ての日本人は“生・院・徳”の法名を迎えて、朝夕に礼拝し、六根清浄により執着を離れ、中道心を持ちて今日の濁悪世の人心の腐敗を根本的に洗浄すべし」として、法制化すべきであると迫ったのです。

まさにこれは、日蓮聖人が「法華経によって国家の窮状を救う」という願いのもとに『立正安国論』を唱え、鎌倉幕府に進言した時の再来を思わせるものでした。

Q04:法師宗と無学大師とのかかわりを詳しく教えてください。

創設の経緯で概略を述べておりますが、無学大師との関わりを詳しく述べさせていただきます。
本宗の開祖である齋藤両祖師は、「法師道(真の供養)を通して仏法を実践する在家成道」の根源を一心に探し求めておりました。
そして、「立教開宗の日」から6年目の昭和25(1950)年、ついにその源泉を突き止めたのです。その光り輝く大本はまさしく、大正7(1918)年に惜しくも遷化された無学大師でした。
そこで、無学大師の教えを正統に継がれていた正学恩師の門をたたき、法師道を実践する在家仏教の在り方について、大いに議論を交わす日々を重ねました。
そんなある日、無学大師が生前に「自らの死後、法華経を信奉する夫婦が来訪する。その夫婦に真の供養に基づく仏法の実践者である『証』の全てを託すまで、しっかり護持するように」と遺言されていた事を明かされたのでした。
これを聞いた齋藤両祖師は、まさしく御仏のお導きと心深く感謝し、その後も幾度となく法論を重ねました。
そして、無学大師の三十三回忌に当たる昭和25(1950)年、「無学大師の御意志を継承して、法師道を基にした仏法の行践流布に努められるのは、正しくあなたがた御夫婦です」と、大師の法統を継いだ『証』を託され、無学大師の正統継承者となったのです。

Q05:法師宗がよりどころとする経典は?

本宗においては「妙法蓮華経 先祖供養要品全(以下、勤行経典)」と「法華三部経および諸経」となります。
勤行経典初版の編集にあたっては、無学大師の経典を原本として、正学恩師自らが昼夜を問わず経典編集に携わってくださいました。
恩師のこの熱意は、長い間まもり続けてきた『縁起の理法』の真実が、本宗によってはじめて花開き、理事円融へと導かれた喜びにみなもとを発したと言えるでしょう。

初版経典の凡例には「玄旨に悖る曲説分派の所行に覚醒を促し、専ら正系有縁求道の士をして要路に迷う事なからしめ、正信経行、進んで父母所生の即身に、疾く慈悲円満平等大慧佛所護念の妙法を、證得せられんことを切願し発刊するものなり。」と正学恩師が記されています。

これは無学大師が開示した「生・院・徳」の法名を用いながらも、その法灯の源泉の真義にのっとって行っていない諸派・諸氏に覚醒を促すものであり、「妙法を会得することを心から願って発刊する。」と声高らかに宣言したものです。

Q06:法師宗が掲げる大きな教えとはなんですか?

本宗では、因縁生起の理法にのっとり、「毎日の生活のなかで、勤行経典を読誦し法師道の八徳目を実践していく」ことを基本としております。これこそが “真の先祖供養”と呼ぶべきものであり、人任せにすることなく、“子孫自ら”が御仏の教えのありのままを実践してその功徳を廻向することです。
「日々の暮らしのなかで、ひとりの人間として、御仏の心にかなう法師道を日々実践し、まことの境地へと近づく」というのが、本宗が掲げる大きな教えとなります。

仏教は、教義の解釈をめぐって「大乗仏教」と「上座部仏教」に分かれます。

上座部仏教は俗世間をはなれ、出家者としてきびしい宗教生活をおくることで、悟りをひらこうというものです。

一方、大乗仏教は、暮らしの場である家庭や社会生活のなかで、宗教的な意義を見いだし、悟りを求めようというものです。大乗とは「だれでも救える大きな船」にたとえられますが、在家・出家の区別なく、すべての人を平等に悟りへと導いていく教えなのです。

Q07:法師宗の檀家はどのぐらいありますか?

本宗は一般的なお寺のような檀家制度はとっておりません。
「ひとりの人間として、日々法師道を実践する」大切さを説く本宗の門戸は、すべての方に開かれています。檀家というくくりではなく、一人ひとりとまっすぐ向かい合い、すべての人がもつ仏性を花開かせるお手伝いをさせていただくことが、本宗の役割と言えます。

そもそも檀家制度の成り立ちは、江戸時代に起こった寺請制度によるもので、徳川幕府がキリスト教禁止の手段として始めたものです。

これは、必ずどこかの寺院に檀家として所属することを強いるもので、「宗門人別帳」に登録されていなければ、「寺請証文」という身分証明が受けられず、社会生活もできなくなってしまうという不自由な制度でした。

寺請制度は、仏教の民衆化と定着には貢献したという側面もありますが、個人が自分の宗派を自由に選択し、生きた仏教を学ぶ時代にはそぐわないものとなりました。

Q08:教団ではどんな活動をしているのでしょうか?

私たちの活動は、
●月2~3回の集会。
●大法院(もしくは講法院)への参拝。
が主なものとなっています。

Q09:集会では、どんなことをしているのですか?

集会では、
●お経(本宗の勤行経典)の唱和。
●門徒の皆さんの修行体験発表。
●仏法に関する法話を拝聴。
各々の修行体験を話し合い、今後の実践の在り方について指導を受けることにより、より一層の向上につながります。

Q10:集会以外に、家庭で日常的に行うことは何かあるのですか?

門徒の皆さんお一人お一人の家庭での活動としては、
●朝夕に勤行経典を読誦し、供養を欠かさぬこと。
●日々、法師道(八徳目)の実践に努めること。
となります。

Q11:法師道の実践について指導していただけるのでしょうか?

法師道の実践はすなわち菩薩行(利他行)となり、悟りを開くための道のりとなりますが、それが正しく実行されているかどうか、指導させていただいております。
迷いや悩みが生じた際には、いつでも相談を受け付けています。

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